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−一眼の騎士−



龍騎士。
それは古来よりドラゴンに乗り戦争に身を投じた騎兵である。
その存在は戦いにおいては不可欠であり、軍隊の主戦力であった。
しかし、現在。
科学の進歩、ドラゴンの激減により戦争に彼らが登場することはなくなった。
時代が変わったのだ。
現在、彼らは新たな戦場に身を投じるようになる。
ドラゴンファイト。そう名付けられた戦いがそうである。
ドラゴンに乗り、速さ、技術、強さなどを様々なバトル方式で勝者を決める競技である。
その頂点に立つ者。即ち“竜王”を目指し、騎士たちは戦う。

新たな戦場。
新たな伝説。

めくりめく戦いの渦は果てることなく、その魂は伝説となる。





クレアは空を見上げた。
濃いコバルトの中に、ポツリと小さな黒い影が見える。
長い黒髪を風に遊ばせ、少女はじっとそれを見つめた。
「そろそろかな・・・」
クレアはポケットから小さな笛を出した。
竜笛と呼ばれるその笛は犬笛よりもやや大きく、ドラゴンの調教師、トレーナーが使うものだ。
彼女は大きく息を吸い、その笛を吹いた。
音は無い。
聞こえたのだろうか。空を漂っていた小さな影は旋回し、降下を始めた。
だんだんと大きくなる影。風が生まれた。
それが大きな翼を持ったドラゴンと判るところまで来たと思うと、もう目の前で翼を折りたたみ着地しているところだった。
着地は軽やかであり、堂々としていた。
クレアはドラゴンに駆け寄った。
触れるとやや青みを帯びた硬い鱗は温かく、生命の活力にあふれていた。
「イェリラ。どうだった?」
イェリラと呼ばれたドラゴンは少女に優しく鼻先を寄せた。
クレアにドラゴンの声は聞こえない。
ドラゴンと会話できるのは、生まれつきコンタクト(交信能力)を持つち、龍騎士になれる者だけだ。
クレアはイェリラを撫でた。
この雌のドラゴンの右目は見えない。
自由に空を飛んでいても、ドラゴンファイアトには不向きなのだ。
ドラゴンは生涯ただ一人の騎士を選び、その騎士と一生を共にする。
独占欲の強い彼らは選ばれた騎士が他のドラゴンに跨ることさえ許さない。
しかし、片目が見えないイェリラはどの騎士からも相手にされない。
そういうドラゴンは扱いにくいのだ。
イェリラは、生涯を共にする騎士も選べない。
そしてドラゴンは古来より好戦的な生物だ。
穏やかに見えても、イェリラにもそういった戦欲はある。
自分にコンタクトがあればイェリラに乗ってあげられるのに。

ドラゴンの力は未知なる面が多かった。
彼らに選ばれた騎士は力を得る。
ドラゴンと通ずることによって、様々な生物との対話が可能になる。
筋力が増し、尋常にない力を発揮したり、なによりの特徴は魔法が使えるようになる。
その強さは個人差であり、またドラゴンの種にもよった。
彼らを種族別に分けると6つになる。
水竜。火竜。地竜。雷竜。白竜。黒竜。
それぞれ、属性、容姿、特徴が異なる。
それによって騎士の得る能力も違ってくる。
例えば、水竜の騎士は水属性の魔法を取得し、火竜の騎士は火属性の魔法を取得する。
イェリラは白竜に属する。
白竜は他の種よりも体が小さい分、翼が大きく、どの竜よりも速く飛べる。
魔法はオールマイティにほとんどの属性が使えるが、魔力や力はさほど高くなく、接近戦や魔法戦では不利になることが多い。
「イェリラ・・・」
イェリラの反応はない。
ぃゃ、クレアには聞こえないだけだろう。
それがどこか寂しかった。

遠くの空に黒い影が見えた。
ドラゴンだ。
体が長く、翼がない。水竜だろう。
それがどんどん近づいてくる。
点のような影があっと言う間に輪郭がハッキリ判るほど近づく。
ドラゴンには騎士が乗っていた。
草原地が多く、山、海の近いここハスラではドランゴンを飼育、調教するのには適しており、ドラゴンを見ることは珍しくない。
ドラゴンに乗っていた男は素早く降り、クレアの方に歩いた。
「よう。クレア」
馴れ馴れしい口調の男は、アラン。
クレアの幼馴染であり、ドラゴン・レイチェルの騎士でもあった。
「何か用?」
アランは、自慢げにレイチェルを見上げた。
蛇のような容姿のそのドラゴンも誇らしげに胸を張っている。
「判ってるくせに・・・なぁ、クレア。お前のために言ってるんだぞ?イェリラは右目が見えない。騎士もついていない。レイチェルのトレーナーになれ。イェリラのことだって考える」
またいつもの話。
クレアはうんざりしていた。
「悪いけど・・・ごめん」
「どうしてさ。俺は今年で2度目の世界大会に出る。レイチェルだって最高のドラゴンだ。おまえだって、その方がいいんだよ。騎士を持てないドラゴンの世話より、よっぽど充実してる」
クレアの頭に血が上った。
悔しくてたまらない。
「イェリラは普通よ!目が見えなくても、ちゃんとしたドラゴンよ!!・・・レイチェルなんかには負けないわ!」
その言葉にアランが微笑した。
「それなら・・・ファイトをしようじゃないか。イェリラとレイチェルで。もちろん、騎士が乗らなきゃ意味がない」
頭が真っ白になった。
相手の思う壺だ。
今から騎士を探し出して、レイチェルとアランに勝つなんて・・・
アランはハスラにいる騎士の中でも指折りの強さだ。
今年、世界大会にも2度目の出場を果たした。
無意識にイェリラを見た。
クレアの心と裏腹に、ドラゴンの顔はどこか楽しそうだった。

約束は、1ヵ月後の同じ時間、同じ場所。





あれから1週間。
クレアはありとあらゆる手でコンタクトを持った人物を探した。
しかし、フリーでいる者は少なく、しかも見つかっても皆イェリラに乗りたがらなかった。
クレアは絶望した。
約束まであと3週間。
アランとレイチェルは毎日のようにクレアの家の上を飛びに来た。
悔しい。
イェリラの目が見えていれば。
ぃゃ、イェリラのせいではない。
こんなことに巻き込んだのは自分だ。
酷い自己嫌悪に心が犯された。
「すんません・・・」
なにかイザコザがあったようだ。
道の隅で行われる会話に、自然と目が向いた。
ガラの悪そうな男が3人。それに囲まれて少年が1人。
少年はひどく動揺していた。
歳はクレアと同じ17歳くらいだろう。
服は汚れたTシャツに破れたジーパン、髪は黒髪だがまったく整えられておらず、いろんな方向に伸び放題だった。
足元にはハーネスをつけたラブラドールレトリバーが行儀よく座っていた。
目が見えないようだ。
「すんません?すみませんだろうが!」
「せやけど・・・ちょっと、ぶつかっただけやないですか」
「その犬が俺の足を噛んだんだよ!」
「ソラは人を噛んだりせぇへん!」
言葉遣いや鈍りから、西方の地方の出だとすぐ判った。
「ちょっと!辞めなさいよ!」
反射的にクレアは少年の前に出た。
何故だか放っておけなかったが、前に出てようやく後悔した。
足が竦む。
「なんだ?お前」
1番背の高い大男がクレアを見下ろす。
少年の手を引いて立ち去ろうと試みたが、逃がしてはくれない。
「この女、結構可愛いじゃん。なに?コイツと知り合いか?」
もう1人男が笑った。
馬鹿にされている。
腕を無理やり掴まれた。
反射的にそれを振り解く。
「大人しくしろ!」
男の平手が飛んだ。
クレアはとっさに目を閉じた。
だが、しばらくしても何も起きない。
「いい加減にしーや」
少年の細い腕が、男の手を掴んで止めていた。
ニヤリと笑い、少年はその手を突き放すように離した。
「ちょい、君えぇかな?」
少年が静かに囁いた。
「こいつらが何処におるか、位置関係を教えてくれへんか?前!とか後ろ!でえぇから」
満足に返事もできなかった。
少年は素早く前に出た。
すかさず、男の蹴りが腹に突き刺さった。
呻き声をあげ、少年はヨロめいたが、すぐに構えを取る。
「右!危ないわ!」
少年の反応は速かった。
パンチをしようと構えていた男が少年の回し蹴りに吹き飛んだ。
「えーっと・・・う、後ろ!」
次々自分の中で男たちの動きを整理し、少年に伝えた。
少年の動きはほとんど無駄が無く、男の位置を伝えなければいけないことを除けば、とても目が見えないとは思えなかった。
やがて、男たちは諦めて逃げるように立ち去った。
クレアは、少年に近寄った。
「君!すごいよ!」
少年は照れくさそうに頭を掻き、笑った。
その手から赤い血が垂れ、流れた。



「これでよし」
クレアは包帯を巻いた少年の手をポンと叩いた。
「どうも・・・おーきに」
耳に慣れない方言が何処か優しかった。
「あたしは、クレアよ。クレア=アスティン・・・君は?」
「俺か?俺はクウ=クレイバー。よろしゅう」
妙に人懐っこい笑顔は仔犬のように見えた。
クウの犬が足元で歩き回っている。
「この子、ソラって言うの?」
クウはニコリと頷いた。
「そうや・・・こいつは俺の目なんや。俺、生まれつき目が見えへんでな・・・ちいちゃい時からこいつと一緒や」
「あ・・・ごめん。言いにくいこと聞いた?」
クウは首を振った。
「えぇんや・・・気にしてへんわ。だてに17年生きとるワケやない・・・俺の死んだ父さんがつけてくれた名前。クウって空のことなんやて・・・でっかくって青くて広い空。そんな男になれってな・・・まぁ、俺はその空も見たことが無いけどな・・・一時期、身体鍛えてもみたりしたけど、あんっま役に立たんしな・・・まぁ、いっつも笑っとることが目標や」
クウが大きく見えた。
目が見えない。
それだけでも、ハンディは大きい。
それでも笑っていられるクウがクレアには大きく見えた。
「ねぇ、クウ。来てほしいところがあるの」





クウの手を取り、いつもの草原へ行った。
空を見ると、遠くに見える黒い影。
イェリラだ。
クレアは竜笛を口に咥えた。
「え・・・?なんや?」
とっさにクウを見た。
笛を口から離し、その様子を伺った。
目の見えないはずのクウは空を見上げていた。
「どうしたの?」
しかし、クレアの声などまるで聞こえていないようだった。
「俺?俺が一緒に?」
何を言っているのだろう?
クウは気でも振れているのだろうか?
しかし次の瞬間、風を感じた。
空を見上げた。
上空から降下するドラゴン。笛を吹いていないのに、何の合図もなしに降りてくるなんて。
「イェリラ?・・・そっか。えぇ名前やな」
直感が働いた。
クウはイェリラと話しているのではないか?
コンタクトを持っているのだ。
そうと考えるのが自然だ。
「クウ・・・」
イェリラはたちまち降り立ち、2人の前に立った。
ドラゴンはクウに鼻を摺り寄せ、低く唸った。
クウはその頭に触れ、笑みを見せた。
その瞬間。ドラゴンの能力が騎士に移る。
クウは驚いたように左眼を抑えた。
「どうしたの?!」
「・・・そんな・・・見える?」
クウの眼にハッキリと広い草原の緑、山々の青、そして空の青が入り込んできた。
イェリラの視界で見たものがクウの眼にも見えるのだ。
初めて見る光に、驚きと眩しさを感じた・・・
「・・・あれが・・・空?」
『そう・・・一緒に飛び立つの。わたしと一緒に。あなたはあそこへ行くの』
直接頭に入るイェリラの声。
クウは頷いた。
そしてそのまま、イェリラの背中に跨った。
「クレア」
「え・・・?」
少女に差し伸べられた左手。
自然にその手を取り、クウの後ろに跨った。
イェリラの翼が大きく広がる。
フワリ。
そんな感覚を感じたと思うと、もう一気に空へ飛び出していた。
速い。
騎士はドラゴンの高速の速さに耐えれるよう、身体が強くなる。
しかし、クレアは違った。
吹きつける風に思わず目を閉じる。
「綺麗やなぁ・・・クレア、これが空なんか?」
クウの声に目を開けた。
スピードを落としたのか先ほど風を感じなかった。
一面に敷かれた青。
白い雲の遥か上を飛び、太陽が近く感じた。
下に広がるハスラの町。
家もビルも車も小さく見えた。
町を貫くステイン川。
その川が流れ込む海。
町を囲む山や草原。
「気持ちえぇなぁ・・・俺、見えるんやな?」
「たぶん・・・イェリラの力よ。ドラゴンは自分の能力の一部を騎士に与えることができるのよ。きっと、クウが見てるのはイェリラの視界だと思うわ」
「へぇ・・・そっか・・・お前、いっつもこんなにえぇモン見てるんやな」
クウは優しくイェリラを撫でた。
「俺、目も見えんかったし、ドラゴンファイトなんか見たこともなかったし、興味もなかった・・・コンタクトがあることも知らんかったわ」
少年の笑顔が輝いて見える。
太陽の光だろうか?
そんなことは、どうでもいい。
とにかくその時、そう感じたのだ。
「きっと、クウはでっかくなるよ・・・」





約束の日。
クレアは一人で草原に立っていた。
上空の影。
その蛇のような容姿がレイチェルだということを物語っていた。
レイチェルはゆっくりと降下し、風を撒き散らしてクレアの前に降り立った。
「あれ?1人か?噂じゃ、目の見えない騎士とやらを見つけたそうじゃないか・・・そんなんで大丈夫なのかねぇ?まっすぐ飛べるの?」
返答は無かった。
アランが薄く笑う。
突風。
とっさに上を見ると、イェリラが低空飛行し、その上を飛び抜けていった。
やがてUターンをし、レイチェルの正面に立つ。イェリラの背にはクウにピッタリ合った専用の鞍が付けられていた。
「クウ!」
クウは、クレアに向かって笑みを浮かべた。
「すまんなぁ・・・鞍付け直しよったら遅くなってしもうたわ」
クウは余裕の笑みを浮かべていたが、クレアは内心不安で仕方がなかった。
2人合わせても1つの目しか見えないクウとイェリラ。
ハンディはその時点で大きかった。
それに、クウは魔法をまだ上手く使えない。
しかし、もう後には引けない。
彼を信じなければ。



ファイトの内容はレース。
コースは直線。草原を越え、緩やかなハスラ山地を抜けていき、そこで一番高く、塔のような形をした牙の塔を折り返し地点とし、また元の位置まで戻る。
「気をつけて」
クレアの言葉に頷き、クウは手綱を強く握った。
アランはレイチェルをイェリラの横につけた。
クウは相変わらずTシャツとジーパン。アランは、騎士専用の黒いスーツを着ていた。
ファイトは、妨害ありのサバイバルだ。
クウに魔法が当たれば一溜まりもない。
「クレア、スターターをしろ」
アランが3つのシグナルボールを投げた。
赤、黄色、青の3色のボールはピョンピョン跳ね回り、2頭のドラゴンの足元で整列した。
クレアは大きく息を吸う。
「ドラゴンファイト!ライト、アラン=ベージ・レイチェル!レフト、クウ=クレイバー・イェリラ!両者準備はよろしいですか?」
「いいぜ」
アランが笑みを浮かべた。
「はいよ」
クウも頷く。
1つ目の赤いシグナルボールが光、空高く跳ね上がった。
「READY!」
2つ目の黄色いシグナルボールも同じく跳ね上がった。
「GO!」
3つ目の青いボールが点灯し、それも高く上がった。
と、同時に2頭のドラゴンは一斉に飛び上がる。
やがて、すぐにその姿が小さくなり、薄い色の空に消えていった。
「クウ・・・イェリラ・・・」
クレアは祈ることしかできなかった。



風が全身に吹きつける。
『もっとしっかり跨って!姿勢を前にしてなさい!でないと落ちる』
イェリラの声にクウが頷いた。
レイチェルのすぐ横につけるが、まだ抜きもしなければ近づきすぎもしない。
一般のバトルは妨害ありの魔法戦になることが多い。
白竜のイェリラの方が水竜のレイチェルよりも速く飛べるが、それではいけない。
前方に出れば後方から狙い撃ちにされてしまう。
標準を超えたスピードの者なら別だが、生憎、彼らは標準レベルのスピードしか出ないため、追い抜いても引き離すのに時間がかかってしまう。
この場合、序盤からの主権はスピードで取るものではない。
アランが右手を向けた。
掌から光が放たれる。
それが真っ直ぐ、クウに飛んできた。
氷だ。氷の刃がいくつも飛んできているのだ。
「わぁっ!?」
顔面に迫る氷を避けようと、とっさに手綱を手放した。
その時イェリラは身体を回転させてそれを避わした。
バランスを崩す。
そのせいで、レイチェルと少し差をつけてしまった。
『なにをしているの!言ったはず、あなたの見ている視界はわたしのも!危なければすぐに言うから黙って手綱を握っていなさい!』
「お、おう・・・判った」
また氷が飛んできた。
今度は難なく避けたが、差は縮まらない。
ハスラ山地に入る。
低い山々が連なり、紅葉が始まっていた。
クウは焦った。
「なぁ!お前、火とか吐けんのか!?」
『出来ない。クレアにも聞いただろう。魔法は騎士を通じて使うもの。騎士が使えるというわけでもないけれど、わたしが単独で使えるわけでもないのだ。シンクロ率の話をしただろう?高ければ高いほど高等な物が使えると』
えらくサラッと言ってくれるよ。
『危ない!身を屈めて!』
「つっ・・・!?」
クウの反応が遅かった。
肩の痛みが全身に浸透する。
しかし、すぐにその痛みが少し和らぐ。
『動揺しないで。少しならあなたの痛みを和らげることが出来る』
そうは言っても痛みが後を引く。
アラン・レイチェルが折り返し地点、牙の塔に差し掛かった。
クウ・イェリラもすぐにそれを追う。
「イェリラ!高度を上げてくれ!」
言われた通り、イェリラは翼を傾けた。
もう、前との差は詰まっていた。
折り返し。
2頭のドラゴンは弧を描いて飛んだ。
レイチェルの方が小回りが効く。
塔を折り返し、再び直線に入りかかった。
「今や!急降下してくれ!」
イェリラはスピードを上げ、降下した。
まっすぐレイチェルに突っ込むように。
「何?!」
『クウ!!』
アランの顔が驚きに歪み、イェリラも思わず目を見張った。
クウはイェリラから飛び降り、レイチェルのクネクネとした尾に辛うじて捕まっている。
『クウ!!何を考えているの!』
「えぇから!そのまま俺が見えるように後ろにでもついとってくれ!」
レイチェルは蛇のような身体を揺さぶり、振り落とそうとした。
しかし、なかなか落ちない。
クウは何とかバランスを取る。
「ふう・・・危ない、危ない・・・」
「お前、素人の域を越えてただの馬鹿だぜ」
アランは笑い、魔法の構えをした。
今度は氷を出すわけではないらしい。
水竜の騎士は大抵水属性の魔法を使う。
手から放たれたのは、白い靄。水蒸気は濃くなり、霧のようにレイチェルを覆った。
『クウ!見えなくなった!!レイチェルから降りなさい!』
しかし、クウの返事はない。
霧は絶えず放出されているようだ。
下手に風を起こせばクウまで落ちる可能性がある。
『クウ!』
「イェリラ、えぇから黙っとってくれ!」
霧の中から声がした。
クウの足元が揺れる。
何も見えない・・・それには慣れている。
しかし、足場の悪さはどうにもならなず、その場から全く動けないでいた。
「わっ!?」
激しく揺れ、バランスを崩す。が、ギリギリのところで指がレイチルの鬣に引っかかる。
そのまま反動をつけ、上にまた乗っかる。
「ここまでだ」
アランの掌がクウの頭に置かれた。
そして、半径5m程度の爆発的な風が巻き起こり、そこを中心に霧が晴れていった。
『クウ!!!!』



「よっしゃぁ!出来た!!」
クウはガッツポーズをした。
「駄目」
クレアがノートパソコンを取り出し、データを引き出そうとしている。
「何でや!今のって魔法やろ?!」
「これを見なさい」
イェリラの左眼にディスプレイを見せつけた。
その目を通して、クウの視界にグラフが飛び込んでくる。
クウとイェリラのデータだった。
専用ソフトをダウンロードし、ネットワークを使ってドラゴンとその騎士を登録することがどの騎士やドラゴンにも義務付けられている。
そして、後日彼らには龍騎士の印であるタッグと腕輪が配布され、そこからの情報を衛星電波がキャッチしてアクセス先のパソコン・携帯電話に転送することが出来る。
これらの機能はバトル相手のレベルを知ることにも活用することも出来る。
「最高時速210km。これは白竜にしては並ってところね・・・あと、パワーは25レベル。体当たりや直接攻撃なんてしたら終わりだと思いなさい。魔力はもっと酷いわね・・・5レベル。絶対使わないことね!まぁ、初心者だし、シンクロ率が低いのは判るけど、10%は少し低すぎるわ・・・瞬間最高がよ!」
「なんでや!俺とイェリラは仲えぇし、それに魔法だって使えた!」
クレアは頭が痛くなった。
「あのね、クウ。確かにさっきのは風属性の魔法よ。でも、あれは実戦では使えない。騎士を中心とした放射線状に放たれる魔法は危険なの。初心者にはよくある傾向だけど・・・あれをイェリラの上で使ってみなさい。自分が吹き飛んで落っこちるわよ?地面の上でさえ、自分が吹き飛んじゃったじゃない!それに、魔法は本当に騎士の体力を消耗するの。シンクロ率が低ければ低いほど特にね!むやみやたらに初心者が使うと危ないのよ!」
それでも、クウはまだ納得いかないと言う顔だ。
クレアはパソコンをパタリと閉じ、飛行の練習を続けるように言った。



「ぐ・・・っ!?」
視界が晴れた。
アランの身体が宙を舞った。
「うぅ・・・」
風の反動でクウの身体もバランスを崩して、勢いよく吹き飛んだ。
落下する。
レイチェルはこれを見逃さなかった。
空中で無抵抗のクウをレイチェルの牙が襲う。
『クウ!!』
イェリラがレイチェルの首に爪を立てた。
一瞬レイチェルが怯み、その隙にイェリラはクウを受け止めた。
少年は体力を相当消耗している。
レイチェルも落ちるアランを受け止め、再び両者は並んだ。
「それで、こっち側に飛び乗ったのか・・・!」
アランがまた氷の刃を発した。
しかし、向こうも消耗しているようでなかなか上手く飛ばない。
クウが左手を前に出す。
『また魔法?!』
「そうや」
クウは微笑した。
さっきは無理にあちらの陣地に入ることで、放射線状の風をうまく利用できたが、今度はそうもいかない。
魔法を前に飛ばすには相当の集中力と体力、ドラゴンとのシンクロが必要になる。
『無理はいけない!わたしたちのシンクロ率は低い!失敗すれば大変なことになる!』
ゴール地点が見えてくる。
「イェリラ・・・俺は俺らのために戦ってるんや。お前が今まで真っ暗の世界におった俺を光のほうへ引きずり出してくれた。初めて空っちゅうモンを見て、風を感じた。その時なぁ、思ったんや・・・もっと高いところまで行きたい。このでっかい空の一番上まで昇りたいんや。俺は“竜王”になるんや!せやから、俺は自分に限界を作ったらアカンのや。目指してるトコロが高いなら、なおさらな!」
クウの手から風が生まれた。
それは真っ直ぐ前へ、勢いよく飛ばされた。
クレアのパソコンに新たなデータが更新された。
瞬間最高シンクロ率80%。
レイチェルの身体が吹き飛ばされ、イェリラに加速がついた。

『いいだろう。わたしはクウを選び、クウがわたしを選んだ・・・目指そうじゃないか。上を』

「GOAL!!クウ=クレイバー・イェリラ!!!」



イェリラから降りたクウはひどく消耗しており、受けた傷も致命傷ではないものの深く、そのまま倒れるように眠りについた。
「まったく・・・」
たった3週間前に出会った少年。
どんな夢を見ているのだろうか、その顔は笑っていた。
「あーぁ・・・コイツやべぇーよ。馬鹿じゃないの?衛星で見てただろ?」
アランがレイチェルから降り、クウの顔を覗いた。
「お前さ、こんなのがパートナーでいいわけ?苦労するぜ?」
「えぇ・・・文句ないわ」
アランは溜息をつき、レイチェルを撫でた。
「ま、負けた俺が言うことでもないか・・・」
クレアが笑う。
「きっとさ・・・そいつ、強くなるぜ。俺に勝ったんだから間違いない。俺だったら、あんなバトル出来なかった。久々にワクワクしたよ。まぁ、見てろよ?今度また勝負するときには俺たちが勝ちを決めてやる。“一眼の騎士”か・・・覚えとくよ」
アランは別れを告げ、レイチェルに跨った。
草原を駆ける風は優しく少年を撫でた。

空は青く、深く突き抜け、どこまでも澄んでいた。

風は吹く、飛び立とうとするものへ・・・

少年は、そこから走り出した。




Deep Sky...
END



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